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Movie
Concept Visual

Lyrics
VOICE
作詞、作曲:山中拓也
編曲:THE ORAL CIGARETTES
-
声に出したくて
溢れ出した想いは
震えるように
あなたを待っていた
あの日のように
温め合った世界はきっと僕ら
未完成のままで
そのままで確かめ合う
臆病になって
誰か泣いている
僕の視界は 滲んでいく眠れない
眠らない
心無く
繋いだ日々も
壊れない?
壊したい
愛したものさえ
いつも
どんな風に
漂っていけば
楽になるの?声に出したくて
溢れ出した想いは
震えるように
あなたを待っていた
あの日のように
温め合った世界はきっと僕ら
未完成のまま -
生きていくために
僕らは泣いたんだ
生きていくために
僕らは笑ったんだ声にならなくて
振り絞っていたんだ
形もなくて
終わりがないことも
意味がなくたって
忘れないように僕ら
ずっとずっと
泳いでいく広がるように
重なるように
ただ夢中で歌う
伝わりますように
あの日のように
温め合った世界はきっと僕ら
未完成のままで
そのままで
Interview
- 現在はホールツアー「Home Sweet Home TOUR 2026」の真っ只中でいらっしゃいます。僕は先日の東京ガーデンシアター公演を拝見したんですが、新旧織り交ぜたセットリストからは拓也くんのソングライティングの豊かさが改めて伝わってきたし、そのどれもが「踊れるグルーヴ」の中で溶け合っていることが素晴らしかったです。ライヴハウスだろうとホールだろうと音楽一発で束ねるバンドの力を改めて実感しました。現状の手応えはいかがですか。
- 山中拓也「めちゃくちゃいい感じです。ライヴ自体にやり甲斐を感じられているのもそうですし、ホールツアーが始まってから、音楽に対するモチベーションがもうひとつ上がったんですよ。ライヴ前はもちろん、家でもずっと音楽のことを考えていますね」
- 音楽へのモチベーションはずっと高かった方だと思うんですが、ホールツアーが始まってからはどういうスイッチが入った感じなんですか。
- 山中「もっと音楽を知りたい!みたいな感じですかね。4年前のホールツアー(Hall Tour 2022『SUCK MY WORLD』)はコロナ禍だったのもあって、マスク着用かつ声を出せない状況でいかにお客さん楽しませるかが第一だったんですよ。でも今回はシンプルに音楽を追究する姿勢で臨めるホールツアーなので。ライヴハウスを中心にしてきた昨今のオーラルとは全然違う考え方にもなりますし、その中で構成やMCの内容を考えるのも新鮮なことですし。何よりホールは音の鳴り方が全然違うので、もっと音について勉強したいっていう気持ちが強まったんですよね。こうやったら中音がスッキリするんや!とか、さらにPAと話すことも増えて。そういうふうに、より多角的に音楽への興味が強まっている最中やと思います」
- ここ数年、拓也くんの音楽的な興味が強まる要因は対外的なものが多かったと思うんです。バンドとしてのステップアップとともにいち個人としての幸福も考えて生きるようになり、その価値観があった上でよりフラットに音楽を楽しむようになっていった時期。あるいは、音楽的な理論を突き詰めるタイプのアーティストと友人になり、そこから拓也くんも音楽理論を磨いていった時期。でも今のお話は、あくまでオーラルがオーラルのライヴ自体を刺激にしているということだと思ったんですね。ご自身でも、今のオーラルに対して何かしらの新鮮さを感じているんですか。
- 山中「今のホールツアーだけがきっかけで新しい何かが開いたのかと考えたら、もっと複合的なものやと思うんですよね。いろんな要素のタイミングがガチッとハマったというか……特に大きかったのは、“LIMIT”のオフィシャルインタヴュー(https://theoralcigarettes.com/feature/LIMIT)をしてもらったことで。あのインタヴューまでは、どんな曲を作っても山中拓也っぽいキャッチーさを抜け出せないとか、そういうことに悩んで苦しかったんですよ。でも“LIMIT”のインタヴューをしてもらってからは、自分にしか出せないキャッチーさが武器やと思えるようになっていって。そういうマインドの部分の変化がそのまま、音楽に対する前向きさに表れていると思うんですよね。音楽をもっとディグっていくとか、今の日本のロックシーンがどう変わっているとか……そういうところに言及し続けてきた3、4年がありましたけど、“LIMIT”のインタヴューをしてみてようやく、自分が昔から悩み続けてきた部分の根本が理解できてきた気がしたんですよ」
- 何に頭を悩ませてきたと理解できたんですか。
- 山中「シンプルに言うと、俺は単純に最近の音楽を面白くないと思ってるんです(笑)。ディグればディグるほど全部一緒やん!っていうことに気づいてしまうし、それによって日本の音楽全体が面白くないと感じてしまう。どれもこれも二番煎じに見える、みたいな。だからこそ俺はアンダーグラウンドなものとオーヴァーグラウンドなものを繋ぐ音楽を作りたいと思ってきたし、その上でどうしてもキャッチーさが出てきてしまう自分の音楽に悩んできたんです。だけど“LIMIT”についてインタヴューで話してみて、捨てられないキャッチーさを肯定された気がしたんです。それがあるからオーラルの音楽は誰にも真似できないんやなって自分でも思えたというか。やっぱり唯一無二であることは大事なんやなって、自分の中でも腑に落ちたのが前回のインタヴューでした。そこからはもう、俺らの音楽にああだこうだ言ってくる人のことがどうでもよくなっちゃって(笑)」
- 音楽シーンの中でどう見られるかより、自分がそもそも持っていたオリジナリティを見つめることのほうが大事だと。
- 山中「そうです。自分のオリジナリティをひたすら追究すること、そのオリジナリティがいかにして生まれてきたのかを考えること。それが一番大事やと思えて。自分が20代の時は『オーラルをいかにアリーナクラスまで持っていくのか』というビジネス的な発想で動いてましたけど、それも自分のオリジナリティに関わっているんじゃないかなと思うんですよ。当時もいろんな曲を作っていましたけど、当然、アリーナまで登っていくためには日本の多くの人に好まれるキャッチーさが必要じゃないですか。だからいろんな曲をキャッチーにするための試行錯誤を繰り返していたのが当時の自分なんでしょうし、その音楽的な部分が染みついて、今もなおキャッチーな曲が自分から出てくるんやろうなって。で、それが俺のオリジナリティなんですよね。ビジネス的な発想から離れた今でも、あの頃にトライしていたことはそのまま自分の武器になっている。そのことに気づけてからは、もっと自分達の持ちうるオリジナリティを突き詰めたくなって。本当は後に対バンツアーも予定していたんですけど、そのプランも一度変えて、どんどんワンマンライヴをやって自分達の純度を高めることを第一に考えたくなったんですよね。楽曲面で言っても、昨今はライヴハウスをイメージして作る曲が多かったですけど、ホールツアーをやりながら『大きいところで鳴っているのはどんな曲なのか』『スタジアムに似合うのはどんな曲なのか』っていうところに還ってきている気がしていて。結果的に、今のホールツアーと『自分のオリジナリティを突き詰める』というモードが合致したと言うんですかね。この4、5年で培ってきた知識を『大きな場所で鳴る音楽』に凝縮させたらどうなるんやろう?っていう興味がどんどん強まってきている。モチベーション高く音楽に取り組めている理由は、その全部が合致してのことなんやろうなと思います」
- 新曲の“VOICE”にそのまま繋がるお話だなと思って聞いていました。時系列的に言えば今回のホールツアー前に完成していた曲ではありますが、山中拓也らしい歌謡的で大きいメロディ、ホールやアリーナを包み込んでいくような曲のスケール感などなど、ご自身の節を全開にして突き詰めたロックバラードだと感じました。とにかくメロディとリリックが素晴らしいんですが、この曲は、どれくらいの時期にどういうきっかけで生まれてきたんですか。
- 山中「ホールツアーが始まる前に曲をバーッと書き溜めていた時期があったんですけど、それが、“LIMIT”のインタヴューで話したモヤモヤの最中だったんですよ。音楽的に突き詰めた曲でも、どうしても自分っぽいキャッチーさから抜け出せない。ーーそういう悩みに苛まれていた時期に曲を作っていて。そんな中での制作だったので、何を作ったらいいのかわからなくなって、何を書いてもどっちつかずな状態になっちゃってたんですね。何を表現したらいいのかわからない自分に対して、表現者として落ち込んでしまう時期でもあったし。そんな時期にホールツアーの準備が始まったんですけど、『このツアーで何か変われるんちゃうかな』っていう勘みたいなものが働いたんです。じゃあこのホールツアーで自分の奥底にあるものをストレートに表現してみよう、自分をもう一回理解してみよう、もう一回自分に立ち返ってみようっていう気持ちになっていって。そこで自然な形でホールツアーのテーマが決まった感じがしたんですよね」
- 「今の自分を洗いざらい晒す」というテーマ。
- 山中「はい。4年ぶりのホールツアーですし、ライヴハウスではできないこともたくさんできる。その環境を用いて何を伝えたいのか?と考えたら、自然と今の自分の苦しみ、悩み、葛藤を素直に表すことだったんです。そういう気持ちを1曲に注ぎ込もうと思って書いたのが“VOICE”という楽曲で、本当にもがくような感じで作りました」
- 表現したいことすら見失ってしまいそうな自分自身を、自分の曲で救うような気持ちだったんですか。
- 山中「完全にそうでしたね。サビのメロディから作り始めたのかな。そこにギターを乗せて、じゃあイントロはこんな感じで……みたいな順番で書いていった記憶があります。どのセクションもホールの景色を想像しながら作ったんですけど、『この歌をみんなと一緒に歌えたら自分の心が救われるかもしれない』みたいな気持ちがあったんでしょうね。俺が思い描いたものを純粋な形で出したかったし、俺の中で鳴っているものを第一にさせてもらいましたね」
- オーラルの楽曲でありつつ、限りなく山中拓也個人に近い楽曲だということですよね。だけどこの曲には、拓也くんだけではなく、誰かの苦しみを引き受ける懐の深さもあると感じたんです。<生きていくために/僕らは泣いたんだ/生きていくために/僕らは笑ったんだ>というラインはまさにそうなんですが、改めて、この歌には自分のどんな心象が表れていると思いますか。
- 山中「俺はずっとコンプレックスを抱えてきて、そこから解放されない人間であることは何回も何回も知ってきて。それこそ去年から苦しみ続けてきたのも、消えることのないコンプレックスに対する悩みやったと思うんです。だけどコンプレックスや苦しみから解放されることを諦めたくなくて、諦めたくない気持ちが歌になっている気がするんですよね。容姿や歌、楽曲のセンス……生きる上でのすべてに対してコンプレックスを持っていますけど、それを打破するためのもがきこそが俺を救ってきたとも思うんですよ。このもがきがあるからこそ自分はアップデートされて、苦しいからこそ前に進んでこられた実感がある。きっと幸せなだけやったら闘う必要もないし、楽しいだけやったら全然前に進めないんですよね。楽しいだけで終わる人生も素敵なんでしょうけど、俺はコンプレックスにまみれている人間なので。苦しむことからは逃げられないし、苦しむことをやめてはいけないんです。だからこそ俺は自分を励ますように曲を書くんやろうし、苦しみ続ける人生もいいんじゃない?って自分に言い聞かせたくて作ったのが“VOICE”なんやと思います。完全じゃないことがコンプレックスになっているけど、そのコンプレックスを原動力にして生きている。コンプレックスがあるから笑ったり泣いたりできる。だとすれば、苦しんで生き続けることは凄く美しいじゃないかっていう……そういうところに行き着けたのが“VOICE”やと思います」
- 難儀ですよね、苦しむことが力になるっていうのは。
- 山中「歌詞の中に<未完成のまま>という言葉が多く出てきますけど、人が『未完成じゃダメだ』と思っている部分を肯定したいと思ったんですよ。その中にはもちろん俺自身も入っているんですけど。『未完成でいい』なんて、軽々しくは言っちゃいけないことだとは思うんです。だけど俺もいろんな経験をしてきたし、いろんな歌を歌ってきたから。ダメなままでいいっていう意味ではなくて、未完成だからこそ前に進めるんやっていう気持ちを歌にしたいと思いました」
- そう考えると、「声」というタイトルの通り、拓也くんが歌う理由をそのまま綴った曲のようにも感じられますよね。で、そういう歌が雄大なロックバラードになっていることもまた、拓也くんの根っこを感じさせる理由なんです。アグレッシヴなギターロックもダンスチューンも幅広く書いてきた方でありつつ、自分の心との対話を歌にする時は必ずと言っていいほどバラードの質感が強かったと思うんですよね。これまでで言えば“ONE’S AGAIN”もそうだったし、“LOVE”もそうだったと思う。凄く感覚的な話ですけど、拓也くん自身はどう思います?
- 山中「確かに。メッセージ先行の歌だったり、素直な言葉をそのまま書き留めたりする曲は、こういうテンポ感になることが多いと思う。以前“LIMIT”を聴かせた時に『もっと最後まで行き切れよ!』って言ってきた友達がいるんですけど、そいつに“VOICE”を聴かせたら『めっちゃ拓也やな! めっちゃええやん!』って言ってましたし(笑)」
- (笑)。本当に美しい楽曲だと思います。拓也くんが拓也くんに語りかける歌が誰かの心の形にスッと重なって、そこから巨大な歌が生まれていくであろう曲。
- 山中「やっぱり、歌にも音楽にも自分の根幹を素直に出したかったんでしょうね。俺が俺であることをわかってもらえる楽曲は凄く貴重なんですよ。そんな曲は1年に1曲、2曲書けるかどうかですし、“VOICE”みたいな曲を書くのは、この先をどう生きていくのかの答えを掴もうとする作業やと思うので。だからこそ、自分の頭の中にあるものがありのままで表れてきたんやと思います」
- 実際に“VOICE”をホールツアーで演ってみて、どうですか。
- 山中「“VOICE”を演奏する前に『曲にノる気持ちを全部捨てて聴いて欲しい、このリリックを届けたい』ということをあらかじめ言ってるんですよ。なのでみんなが静止状態で聴いてくれているんですけど、このツアーで複数公演来てくれている子はすでに歌えるようになっていて。ちゃんと届いているんやなっていう実感があります。これはあるあるですけど、新曲とは言っても、やっぱりレコーディングで死ぬほど歌っている曲じゃないですか。だから一番最初にデモを作った時に比べたら、歌に込める感情はフレッシュじゃなくなっていくものなんですよ。だけど“VOICE”に関しては、人を目の前にした時のほうが感情が昂っていくんですよね。『本当に苦しい』っていう気持ちをそのまま映した曲だからこそ、それぞれに悩みや苦しみを抱えている人に共感しながら歌えるというか。何回歌っても曲に込める感情が薄れていかないし、人に対して歌うほど感情が増幅していく。そこが凄い曲やなって感じてます」
- 「俺は苦しい」という感情を歌にすると、それは「みんなも苦しいよな」っていう共感になっていくものなんですか?
- 山中「はい。甘えでもあると思うんですけどね。でも……ステージに上がっているだけで『語りかける立場』になっちゃってますけど、それによって大それたことを伝えるというよりも『俺も苦しい。だからあなたの苦しさを教えてくれよ』っていうふうに語りかけたいんです。きっとそれは、俺がフロアにいたとしても同じなんですよね。今抱えている苦しさを歌の中で共有して、何か上がっていくためのきっかけにしたい。歌にして届けるっていうのはそういうことなんですよね」
- そして、“VOICE”を歌うことで拓也くん自身は苦しみから救われていったんですか。
- 山中「救われていったというよりは……“VOICE”を人に対して歌うことで、今の自分を肯定することができたんじゃないですかね。自分を肯定することと救うことはイコールじゃないと思うので。なんなら、救われない自分のまま生きていくことを認めて、もがき続けるためにこの歌を作ったんやなって、改めて実感しました。逆に言うと、コンプレックスを抱えたままの自分により一層絶望していく可能性もあるんですよ。でもその絶望すらもプラスに変えていけるよねっていうことを歌った曲やと思いますし、苦しみや絶望を力にして進んでいけることを肯定したいーーそういう気持ちが歌の中でどんどん増幅している感覚があるし、聴いてくれた人自身も、自分自身を理解して肯定するための歌にしてくれたらいいなと思うんですよね。だからライヴでどう聴いてくれてもいいですし、それぞれがそれぞれの形で受け取って欲しいと思ってます」
- <確かめ合う/臆病になって/誰か泣いている/僕の視界は 滲んでいく>というラインの通りですよね。それぞれに抱えている苦しみを慰め合うのではなく、確かめ合って肯定していく。苦しみに俯くのではなく、優しさと温かさが前に出た楽曲になっている所以がここにあると感じます。
- 山中「ひねくれた感情でも、苦しい感情でも、あるいは楽しい感情でも、自分が一度味わったことがあるからこそ、相手の感情も見えてくるんですよね。苦しめば苦しむほど人の苦しみへの理解が深まるし、楽しめば楽しむほど人の楽しさにも共感できる。で、俺の場合は楽しさに対するバロメーターがめちゃくちゃ高いので、一見楽しそうな人を見ても『強がってるだけやな』とか『虚勢を張るだけでは醜く見えてしまうよ』とか感じちゃうんですよ。それも意地悪な視点じゃなくて、今は苦しいやろうけど頑張れよ!っていう気持ちだけなんですけどね。苦しい時に苦しいと言えないとか、人前では元気に振る舞ってしまう自分とか。そういう、各々の心の中の闘いを感じた瞬間に、『かつて自分もそうやったな』っていう記憶が蘇ってくる。その記憶こそが、誰かにメッセージを伝える時のツールになっていくんですよね。なので、自分の苦しみを肯定するための歌でありつつ、今を生きている人の存在もまた歌に介入してくるんやと思います。……まあ、人の苦しみを感じることで、また俺自身が苦しくなるっていうループもあるんですけどね。人の悩み苦しみによって自分の記憶が呼び起こされてしまうし、どんどん請け負っていくことになる。それが苦しくもあり、それを原動力にして進んでいることも事実で。その厄介な業もまた、この歌で肯定したいなと思ってました」
- 「歳をとると涙もろくなる」ってよく言うじゃないですか。あれは、おっさんだから涙もろくなっているんじゃないと思うんです。
- 山中「ああー。そうかもしれない(笑)」
- 経験と記憶が増えることにより、人に共鳴してしまう瞬間が増えていくということだと思うんですよ。人を見た時にパカッと開いちゃう箱が増えていくというか。ゆえに、この歌は拓也くん自身の苦しみが源泉にありつつ、誰かの存在もまた受け止める曲になっているところが素晴らしいと思うんですよね。決して孤独な歌ではないと感じる。
- 山中「……でも、逆に孤独かもしれないですね。人がいない時に孤独を感じることってなくないですか? 人の存在があるから『孤独』っていう概念があるわけですし、歌っている時に『俺は孤独じゃない』って思うことも全然ないんですよ。むしろメンバーを目の前にすればするほど孤独を感じるし、お客さんと対峙すればするほど孤独を実感してしまうし。めちゃくちゃベタなことを言うと、パーティーで自分だけ取り残されている孤独ってあるじゃないですか。周りはめちゃくちゃ楽しそうやのに自分だけ楽しくないっていう(笑)。そういう感じなんやろうなっていう気がするんですけどね。その感覚がありますね、ずっと。その孤独とも付き合って生きていくしかないし、それすら『晴れる、曇る、雨が降る』くらいのことやと思いたいんですけど。そのためにどうするかって言ったら、苦しみや孤独や悩みを習慣にしちゃうしかないんですよ」
- 苦しみを習慣にする?
- 山中「たとえば体を鍛えてる人って、いつでも自信満々じゃないですか。でもそれって、体を鍛えないと自信がなくなってしまうということでもあるじゃないですか。俺もそうで、今やってるぞ!っていう時だけ強くいられるんですよ。で、今やってるぞ!っていうものの原動力は何かと言ったら、コンプレックスや悩みを打破したい気持ちなんですよね。だとすれば、どんどん雨を降らさないといけないし、どんどん灼熱にせなあかん。それを意図的にコントロールできるくらいのところまでは来られてるんじゃないかな?っていう感覚があって。そうするしかない自分を受け入れるしかないし、自然体で雨を待っているだけではあかんと思ってる。凄くしんどいけど、そのしんどさを超えたところで新しい喜びが待っているから。その一瞬のために生きている感じです」
- 強烈な話だと思って聞いてます。実際にしんどさを超えて強くなるためには、どう頑張ったらいいんですか。「やれ山中!」って自分を突き上げるしかないの?
- 山中「今がまさにその最中やと思ってて。音楽へのモチベーションが強まって、DTM作業をするにしても、ライヴのクオリティを上げるためのことを考えるにしても、強くなっていってる最中やと思ってる。で、それに対しても慣れが来るんですよ、いつか。その時にまた絶望を感じるんやろうし、その絶望を超えるためにまた新しい頑張り方を編み出す……その繰り返しなんやろうなっていう気がしてます。まあ、矛盾したことを言っているように聞こえるかもしれないんですけどね。『しんどくなるために頑張る』みたいな。でもそうじゃなくて………4行でどう伝えたらいいのかがわからなくて<生きていくために/僕らは泣いたんだ/生きていくために/僕らは笑ったんだ>という言葉を綴ったんですけど、泣くことを突き詰めることがその先の笑顔になっていくし、笑うことを突き詰めることでいろんな涙を知ることができる。その両極をそれぞれに突き詰めることが、その先での逆転に変わっていくっていうことを言いたいんですよね。対にあるものを天秤にかけながら俺らは前に進んでいくし、そのどちらか一方だけやったら、きっと何も起こらないんですよ。俺自身もそうで、苦しみの先にこそ喜びがあることを知ってるので。だから苦しみを受け入れるしかない」
- そのための曲が“VOICE”と名付けられていることは、ズバリだと感じました。一人ひとりの苦しみと喜びがそれぞれの人生になって、その人生を完全に理解し合うことが難しくても、歌の中でならシェアできるということ。そうして一人ひとりのアイデンティティを受け止める歌になっているのもまた、この曲の凄さだと思います。
- 山中「アイデンティティとかまでは考えていなかったんですけど(笑)、でも嬉しいです。これはちょっと違う話かもしれないですけど……この前、ライヴの打ち上げで『1日で何時間Instagramを見ているか』みたいな話になったんですよ。あれって、『あなたは何時間インスタを見ました』みたいなのが出てくるじゃないですか。それをみんなで見ながら『俺は勉強してるし』とか『エロい動画ばっかり見てるんちゃうんか』みたいな話をしてたんですよね(笑)」
- あれを人に見られるの嫌だなあ(笑)。
- 山中「(笑)。でね、その時に改めて思ったのが、SNSとかを見ている瞬間って、生きていくための活力にはならない時間じゃないですか。もちろん勉強になることもあるんでしょうけど、自分が奮い立つような感動は生まれない。やっぱりね、グワーッとなるような感動は、人に向き合っている時だったり、自分が体を動かしてどこかに辿り着いたり、そういう瞬間に生まれるはずなんですよ。そのための原動力を見つけて自分の手足を動かしていくのが人生やと思うし、そういう歌を歌っていきたい。改めて、そういうことを考えています」
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Interview: Daichi Yajima
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